3つのアーチで組まれたコンクリート製の橋は、大正11年(1922)に完成。白く美しいアーチは情緒ある街並みにしっくり調和しています。
Asanogawa Bridge
浅野川大橋について
浅野川大橋について
About
美しいアーチ型が大正ロマンを伝える浅野川大橋は、1922年に架橋され2022年に100年を迎えます。金沢らしさを象徴する地域のシンボルとして多くの人に親しまれており、古きよきものを尊重する金沢市民の気質がその姿から伝わってきます。歴史的な価値を有するとして2000年には国の登録有形文化財にも登録されています。
特徴
Feature
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013径間連続アーチ橋
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02復刻レリーフ
橋のアクセントとなっているレリーフは、大正時代そのままに復元したもの。赤戸室石の側壁に埋め込まれ、大正時代の面影を今に伝えています。
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03レトロ調の照明
平成に入り、藩政期の情緒漂う浅野川界わいの街並みにふさわしく、レトロ調の五灯式あんどん型照明を設置しました。
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04格子高欄
唐草模様付きの格子高欄は、復刻レリーフやレトロ調の照明とともに大正ロマンを演出。高欄にもたれて景観を楽しむ人の姿も見られます。
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05電線類を撤去
平成元年の改修工事で、大正時代の面影を復元し、同時に橋の上にあった電線類をすべて撤去して歩道下に埋設しました。
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06歩行者・自転車の安全性を確保
観光地に近く、歩行者や自転車の安全性を確保するために、平成28年に歩道の拡幅や自転車走行指導帯を整備しました。
これまでの歩み
History
藩政期~大正
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流失で幾度も架け替えられた木造橋
1594〜1922年 -
加賀藩祖、前田利家が架けたのが最初といわれており、当時は「轟の橋」と呼ばれていたそうです。参勤交代の行列は必ずこの橋を渡っており、重要な役割を果たしていました。明治に入るまでに少なくとも10回以上の修復及び架け替えが行われており、耐久性に劣る木造橋は度々落橋の非運に遭いました。
大正〜昭和
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重厚なコンクリート製アーチ橋
1922〜1987年 -
明治31年(1898)に架けられた木造橋は、度重なる大洪水を契機に、大正11年12月に現在の永久橋として架け替えられました。3つのアーチで組まれたコンクリート製の造形は落ち着いた雰囲気を醸し出しており、「女川」といわれる浅野川周辺の景観にぴったりマッチしています。昭和41年(1966)までは、橋上に市電が走っていました。
昭和末~平成
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大正時代の面影を平成元年に復元
1988〜1989年 -
太平洋戦争で供出された高欄や照明灯を復元するため、平成に入り、唐草模様付きの格子高欄、五灯式あんどん型照明を設置しました。また、復刻したレリーフを赤戸室石の側壁に用いるなどして、大正時代の面影を今に取り戻しました。また、橋上にあった電線類を撤去して歩道に埋設させ、周辺の情緒ある街並みとの調和が図られています。
現代
- 1990〜
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金沢の伝統芸能の粋を堪能できる「浅の川園遊会」、藩政期の情緒漂う主計町の復活など、浅野川大橋を取り込んだまちづくりの取り組みがなされています。2000年には国の登録有形文化財の登録を受け、その周辺で育まれた歴史や文化と調和し、地域のシンボルとして親しまれています。
ギャラリー
Gallery
基本データ
Data
- 路線
- 一般国道159号
- 所在地
- 金沢市橋場町・主計町~東山
- 形式
- 3径間連続RC固定アーチ橋
- 橋長
- 54.545m
- 幅員
- 16.50m
- 竣工年
- 大正11年12月(1922年)