日本橋梁技術の先駆者、関場茂樹が設計を手掛け、大正13年(1924)に完成。鋼材の組み合わせが男性的な力強さを感じさせます。
Saigawa Bridge
犀川大橋について
犀川大橋について
About
鉄橋としては国内有数の歴史を持つ犀川大橋は、1924年に架橋され、2024年に100年を迎えます。藩政期の架橋から現在まで、その姿は何度も変わっていますが、人と人をつなぎ、新たな産業や生活文化の創出に貢献してきた大橋の役割は、今も昔も変わることはありません。その価値が認められて2000年には国の登録有形文化財にも登録されています。
特徴
Feature
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01ワーレントラス形式
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02街並みになじんだ色
平成6年(1994)の改修工事で、日本の伝統色である青色を加賀友禅に見られるグラデーションの配色法で施しました。
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03歩道空間
歩道は御影石で舗装、柔らかな曲線を取り入れて、金沢の景観になじむよう配慮。バルコニー的空間は、橋上を散策する人々の憩いの場に。
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04レトロ調の照明
犀川の両岸にある「犀星の道」との調和を意識して、ガス灯をイメージ。夕暮れには柔らかな明かりがともり、ロマンチックな雰囲気を演出します。
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05紅柄格子の高欄
金沢情緒の一つである紅柄格子のイメージを取り入れて、城下町のしっとりとした古きよき街並みとの調和を図っています。
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06賑わいの場としての活用
良好な景観や繁華街への近さなどの利点を活かし、道路協力団体制度を活用した橋上での「犀川リバーカフェ」を開催。
これまでの歩み
History
藩政期~大正
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木造橋の頃
1594〜1918年 -
最初の架橋は加賀藩祖、前田利家が造った木造大橋です。城下一の大きさを誇り、犀川に架かる唯一の大橋であったことから、今と変わらず当時も人の交流や物流が盛んでした。明治維新以後も洪水やはんらんにより度々流失し、明治31年(1898)に木造橋最後の架け替えが行われました。
大正
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鉄筋コンクリート橋の頃
1919〜1922年 -
市電敷設のためそれまでの木造橋を取り壊し、鉄筋コンクリート製の永久橋に変わりました。フランス・アンネビック式で鉄筋は一部米国製を使ったりと、堅牢さが自慢の橋でしたが、大正11年8月、金沢測候所(現気象台)開設以来の集中豪雨により崩壊し、3年間の短命に終わりました。
大正~平成
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鋼材橋の頃(近年)
1924〜1993年 -
現在見られるワーレントラス式の鉄橋は、鋼材を組み合わせた造形が「男川」と呼ばれる犀川にふさわしく、男性的な力強さを感じさせます。設計は日本橋梁技術の先駆者である関場茂樹が手掛け、英国製の鋼材も使用されました。
現代
- 1994〜
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平成6年(1994)の改修工事で、青系統のグラデーションが施されました。歩道にはベンチやバルコニー的空間、レトロ調の照明が設けられ、高欄は金沢情緒を演出する紅柄格子がイメージされています。伝統を重んじながらも現代感覚を取り入れた橋は、金沢の街並みにしっくりとなじみ、2000年には国の登録有形文化財の登録を受けました。近年では、協力団体制度を活用して橋上でのオープンカフェが実施されるなど、憩いの場にもなっています。
ギャラリー
Gallery
基本データ
Data
- 路線
- 一般国道157号
- 所在地
- 金沢市片町~野町・千日町
- 形式
- 下路式単純曲弦 ワーレントラス橋
- 橋長
- 62.308m
- 幅員
- 21.669~23.669m
- 竣工年
- 大正13年3月 (1924年)